カテゴリー「(岐阜県)の山 その他」の記事

2020年9月26日 (土)

二ッ森山(ふたつもりやま)1223.5m

9月26日(土曜日)

今日の山は、岐阜県中津川市と加茂郡白川町にまたがる二ッ森山です。

東峰と西峰からなる双耳峰で、西峰が二等三角点がある頂上です。

登山口の切越峠(標高873m)から2時間弱で二ッ森山に着きます。

二ッ森フォレストパーク駐車場からは30分で頂上に着きます。

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▲YAMAPのデーター

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▲ヤマレコのデーター

YAMAPとヤマレコを同時に記録して、どちらが使いやすいか調べています。

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▲切越峠の駐車場

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▲登山口

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▲霧でクモの巣が花のようだ

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▲雨で滑りやすい登山道です

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▲大岩が出てきた

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▲第一、第二展望台だが何も見えない(>_<)

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▲「だな」のシャクナゲ群生地

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▲ガマカエル(ニホンヒキガエル)

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▲大岩の上が頂上  関西の夫婦と無線のお兄ちゃんが居た

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▲真っ白で何も見えない頂上

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▲東屋で早めの昼食にした

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▲気温は17度

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▲松井さんのリュックと登山靴がオニュー

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▲松井さんはカップラーメンを忘れた忘れた(-_-;)

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▲頂上に40分居て下りた。車が3台増えていた。

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▲車に忘れてあった松井さんのラーメンとパン

 

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行き()は高速道路を使い切越峠に行った。

帰り(赤線)は高速道路を使わず県道70号線で白川町に抜けて帰った。

行きは1時間50分、帰りは2時間20分でした。

県道70号線を初めて通ったが、狭い場所があり気を使った。

 

晴れの二ッ森山からの眺めです。↘中津川市方面です。一番高い山が恵那山😄

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この写真はネットから貰いました。m(_ _)m

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2020年8月22日 (土)

屏風山(びょうぶさん)794m   黒の田東湿地 サギソウ・シラタマホシクサ

8月22日(土曜日)

屏風山(びょうぶさん、びょうぶざん)は、岐阜県瑞浪市と恵那市とにまたがる

標高794.1mの山です。

中央自動車道の屏風山パーキングエリアの名前はこの山に由来している。

屏風山PAの南東方向に屏風のような山が屏風山です。

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あぁ・・・タイヤに石灰の粘土状の物が(>_<)  

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心宗寺跡の駐車場に止めて出発

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尾根に着きました。初めに黒の田湿地へ

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馬の背山767mは通過点で山の感覚はない

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黒の田湿地

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シラタマホシクサ

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サギソウとシラタマホシクサ

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安藤さんからスイカを貰って食べた

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後ろ姿

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屏風山へ

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800mだから八百山 ここも通過点で山の感覚はない

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屏風山頂上  霞んでいる

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これより下山  最初はロープが張ってある急な下りです

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展望台よりの眺め  霞んでいる

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駐車場に戻りました。

今日は往復 高速道路を使いました。

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2020年6月27日 (土)

国見峠から、虎子山(とらすやま)と国見岳(くにみだけ)

6月27日(土曜日)

2週間前の13日が雨で中止になったので、1ヶ月振りの登山です。

今日の山は、国見峠から虎子山1183mと国見岳1126mです。

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松井さん家を7時30分に出て、安藤さん家に寄り、国見峠に着いたのは9時でした。

国見峠には4台停まっていた。私たちの車の前を走っていた車(一宮ナンバー)と同時に着いた。

先に着いていた名古屋ナンバーの車の人は長浜icから来たそうだ!

国見峠に行くには、岐阜県側からの方が道は良いです。

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▲虎子山の登山口

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▲最初から急登です。道はしっかりしています。

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▲コアジサイ

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▲ササユリが一輪咲いていました。

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▲虎子山1183mの頂上に着きました。    1138mの覚え方は、いい野菜

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▲国見峠に戻りました。直ぐ国見岳に登ります。

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▲ギンリョウソウ(銀竜草) 別名ユウレイタケ

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▲国見岳1126mに着いた。  

覚え方は、いい風呂  春日村に薬草風呂のモリモリの湯があります。

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▲国見岳でランチ

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▲国見峠に着いた。

春の花は殆ど終わっていたが、梅雨の晴れ間で登山に行けて良かった。

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2020年3月28日 (土)

松尾山登山と、笹尾山(石田三成陣跡・交流館)

3月28日(土曜日)

今日は天気が良くないので、関ヶ原町にある松尾山(まつおやま)293mです。

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登山口の駐車場から40~50分で登れて、山頂からの眺めが良い山です。

登山道は砂利道で歩きやすく、頂上にはトイレもありハイキングには適した山でした。

松尾山は関ヶ原の戦いで小早川秀秋(こばやかわひではる)が陣を構えた山です。

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▲松尾山城(長亭軒)史 

1400年頃に小守護富島氏が城を築き、1569年織田信長に帰属、1570年浅井長政修築

1579年廃城、1600年小早川秀秋の陣所とする。(小早川陣は関ヶ原の戦いの前日に来ています)

関ヶ原の戦いの話

この松尾山から、東軍(徳川家康)と西軍(石田三成)の配置が一望出来る場所です。

小早川秀秋が西軍から東軍に寝返った事で戦況が一変し東軍が勝ちました。

小早川秀秋と徳川家康との密約があったが、小早川秀秋は直ぐには参戦せず様子を観ていました。

迷っていたか、優勢な軍に参戦しよう!と思っていたのか?

小早川秀秋は豊臣秀吉の親戚なので裏切るとは、西軍陣は思っていなかった。

世間は正統性(道理)や正統性(血筋)を大切にしています。

合戦中に理由はともあれ、裏切った卑劣な行為と世間から馬鹿にされています。

明智光秀が織田信長を討った「本能寺の変」も正当性(道理)があったか分っていない。

小早川秀秋は関ヶ原の戦いからわずか2年後に亡くなっています。(享年21歳)

歴史は諸説あり、真実は分らないです。

石田三成のやり方に小早川秀秋の不満が溜まっていた時に、徳川家康が小早川秀秋を上手く利用したのでしょうね。

石田三成は才能には優れていたが、統率力や裏工作に関しては徳川家康が上でしたね。

説明はこれくらいで、登山の写真です。

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▲登山口の駐車場です。5,6台しか停めれません

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▲整備された遊歩道です

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▲ショウジョバカマ

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▲アセビ

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▲山頂手前

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▲松尾山山頂

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▲山頂からの眺め     次に行く笹尾山・石田三成陣跡が見えます

ここから小早川秀秋は戦いに手を出さず観ていた。

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▲西軍!東軍!  あなただったら どっち?

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▲公衆トイレ

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▲駐車場に戻りました。 途中で1家族が登って来た。

次に笹尾山・石田三成陣跡へ寄ることにした。

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▲石田三成の家紋は「大一大万大吉」(だいいちだいまんだいきち)

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▲笹尾山交流館で甲冑(かっちゅう)がレンタルできる。

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▲松尾山の小早川秀秋軍が、なぜ動かないか石田三成はイライラしていたと思う。

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▲ロッカーの表に家紋が書いてあり、中に読み方と誰の家紋か説明があります。

この建物は、小学校の廃校後の施設です。

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▲レンタルできる甲冑。

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▲本物の甲冑

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▲甲冑を身につければ、気分は武士になったようで気持ち良いだろうな。

 

追記  3月29日の中日新聞  早く新型コロナウィルスが終息してほしい

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2020年3月15日 (日)

大河ドラマ「麒麟がくる」 美濃国の守護(しゅご)土岐氏(ときし)

3月15(日曜日)

題目が大きくなっていますが、高富地域の大桑(おおが)を自転車(レンタサイクル)で回ってきました。

古城山(大桑城跡)→ 取矢神社 → 四国堀跡・六万墓 → 南泉寺 → 十五社神社 

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▲四国山香の森でレンタルサイクル(100円で借りれます)

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▲新しいトイレを作っています

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▲駐車場が出来ていました。

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▲最初は展望台に寄りました。

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アップした写真が下⤵です。

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登山口

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▲前回は寄らなかった切井戸へ

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▲山頂手前

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天守閣があった場所

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▲古城山山頂

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駐車場に戻り、自転車で気持ちよく下りました。

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▲カタクリが咲いているか洞照禅寺に寄ってみました。

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咲いてました😃

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▼次に行った場所は取矢神社

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▲矢は水の意味です。雨乞いの神社のようです

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▲四国堀跡(しこくぼりあと)  

「四国堀」と呼ばれるのは、尾張・伊勢・越前・近江の四つの国の加勢を受けて作られたから付いた。

土岐氏の勢力が分る跡です。

土岐氏の守護所が初めから、大桑にあったのではないです。

1535年長良川で大洪水が起こり、現在の岐阜市長良にあった守護所が水没になりました。

それで大桑に政治的機能が移し、大桑城や守護所が整備されました。

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▲ボランティアガイドの土田さんです。

私一人に、たくさん(30分以上)説明をして貰い、ありがとうございました。

「麒麟がくる」は割と正確に作られているそうです。

今までの織田信長のドラマだと、濃姫が土岐氏に嫁いで戻った事を描いていません。

「麒麟が来る」で、もっくんが演じる斎藤道三が濃姫の旦那の土岐頼純(よりずみ)を

お茶で毒殺するシーンがありました。

ネット上では「伊右衛門でおくりびと!」うまい

濃姫の話に戻ります。この時の濃姫の年齢は11歳です。小学5年生の子供です。

1547年 土岐頼純が若くして急死しています。死因は正確に分っていませんが、

斎藤道三の指図で濃姫が・・・かも? (濃姫12歳の時です)

帰蝶の名前は蝶の様にフラフラになって帰って来たからの説があるそうです。

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▲戦死六萬墓   斎藤道三と土岐氏の戦いです。

六万は多過ぎだと思いますが、それほど多くの人々が巻き込まれた場所です。

人骨が散乱するこの当たりは気味悪く建物が無かった場所ですが、最近は老人ホームなどが建っています。

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▲南泉寺

1517年 土岐氏の菩提寺として、当時の守護・土岐政房(まさふさ)が開山した寺院です。

土岐政房は頼芸(よりのり)の父です。

頼芸は土岐氏最後の守護です。頼芸を追い出したのは斎藤道三です。

1552年 斎藤道三が下克上によって国盗りしたのです。

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▲十代が濃姫の旦那の頼純(よりずみ) 「麒麟がくる」で矢野聖人さんが演じています。

十一代は斎藤道三に追い出された頼芸(よりのり)「麒麟がくる」で尾美としのりさんが演じています。

頼純からみて頼芸は、おじさんになります。

順番が変と思うでしょうが、頼純の親(頼武)は頼芸の兄です。

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▲十五社神社

平安時代に創建された神社で、土岐氏が氏神として崇敬していました。

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▼四国山香りの森に戻ります

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▲四国山香りの森 カフェハーブレンド

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▲今日のランチはハヤシライスとハーブティー

 

下の写真は2年前のです。桜が若い木できれいでした。

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四国山香りの森 ティータイム

土岐氏のコメントで間違いがあるかもしれません。

帰蝶(濃姫)役の川口春奈さん可愛いですね。

You Tubu 川口春奈 はーちゃんねる登録者83.5万人です。私もその一人です😃

今までのドラマ織田信長では、濃姫は最初に出るだけで、信長の妹 お市の方が大事な役割をしていました。

帰蝶(濃姫)と信長の間には子供は無かったし、記録が残っていないので結婚後の話は殆どフィクションです。

今回「麒麟がくる」では川口春奈さんは重要な位置の人かも?

あと注目の人は、麒麟が来るを言葉にした駒ちゃんです。

(麒麟とは、戦乱の世を終わらせ平和な世をもたらす人)

ポスターの「麒麟がくる」で明智光秀が描かれているが、麒麟を連れてくるは明智光秀だろうか?

私は駒ちゃんが麒麟を連れてくるのではないかと思う。

追記 2020-04-18 中日新聞にボランティアガイドの土田さんが載っていました。有名な人だったと驚きました。9653

 

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2020年2月22日 (土)

岐阜の梅林公園と水道山(156m)

2月22日(土曜日)

今日は朝から小雨なので近場です。

岩戸公園 → 梅林公園 → 水道山 → 岩戸公園

水道山は、むかしドライブウェーの駐車場に上水道のタンクがあったことから名が付いたが、

それよりむかしは瑞龍寺山(ずいりょうじやま)と呼ばれていたようだ。

瑞龍寺(ずいりょうじ)が梅林公園と粕森公園の間にあります。

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▲岩戸公園前の駐車場  バス停のプレートが変な位置です!

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▲梅林公園

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▲D51が展示してあいます

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▲3月14日・15日に梅まつりがあるが、梅の花は終わっているだろうな!

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▲瑞龍寺へ

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▲今日は、ここまでです。

梅まつりの時は中に入れます。以前入ったとき、ふすま絵の龍が迫力あった。

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▲河津桜は二分咲きぐらい

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▲粕森公園(かすもりこうえん)

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▲水道山  むかし上水道のタンクがあったことから、この名が付いたよう

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▲瑞龍寺山頂

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▲下山は岐阜稲荷山本社へ

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▲今日のコース

帰りに吉野家でランチにした。

今回松井さんがpaypayを初めて使った。

https://paypay.ne.jp/

牛すき鍋膳 648円(税込み712円)が半額で食べれた。

(yahoo!プレミアム会員は50%戻ってくる)

松井さんはスマホを凄く利用している。

paypayとはソフトバンクとヤフーが設立した「paypay株式会社」が

運営しるスマホを使って支払うサービス。

pay(ぺい)とは支払うの意味だから、paypayは「支払う・支払う」になる。

Peyはpaypay以外に、au pay、line pay、楽天payなどある。

 

 

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2020年2月 8日 (土)

大湫(おおくて)の本陣山(ほんじんやま)  おまけ明智城跡

2月8日(土曜日)

昨日は最低気温が氷点下まで下がり今期一番寒い日でした。

今日の山は瑞浪市大湫町の本陣山633mです。

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▲本陣山 山頂での眺望は無い

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大湫宿(おおくてじゅく)を散策 http://okute-shuku.jp/

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▲観光案内所になっている 旧森川訓行家住宅「丸森」

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▲神明神社の大杉

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▲戻りました

マメ知識です。 

大湫(おおくて)の意味は大きな湿地です。

宿場(大久手宿・大湫宿)について

江戸時代に幕府は、人や荷物を引き継いで送るしくみで、中継基地として宿を設けた。

1604年に大久手宿、1615年に細久手宿ができた。

幕府関係は「大久手宿」の字が使い、村は以前からの地名の「大湫宿」の字を使った。

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▲山頂の本陣山で休憩20分と大湫宿の旧森川家での休憩20分を含むタイムです。 

次に行った場所は、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」 

明智光秀生誕地 明智荘(あけちのしょう)の明智城跡です

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▲車で来られる人は、花フェスタ記念公園の無料駐車場を利用ください。

我々は、天龍寺の駐車場に停めましたが、自己責任で停めてください。

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▲天龍寺の明智氏歴代の墓所

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羽島に戻り、松井さんと二人で羽島市映画資料館に映画を観に行った。

藤 純子の「緋牡丹賭従 お竜参上」です

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50年前の作品なので俳優さんは殆ど亡くっているので懐かしかった。

https://hashima-rekimin.jp/movie.html

映画は良かったが、折りたたみの椅子で100分同じ姿勢は辛かった。

遅い昼食は、「からやま 岐阜羽島店」で松井さんと二人で食べた。

 

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2020年1月25日 (土)

菩提山(ぼだいやま)402m 天才軍師 竹中半兵衛重治公の居城跡

1月25日(土曜日)

20日は二十四節気の大寒に当たり一番寒い時期だが、

今年は温かく雪がまだ降らない。

今日の山は、戦国の軍師で知られた竹中半兵衛重治公の居城跡がある菩提山です。

竹中半兵衛重治公がよく分るビデオhttps://www.youtube.com/watch?v=g5mtqKIJ1uU

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▲菩提山の位置は、池田山と伊吹山の中間の南側ある山です。

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▲休憩を入れて約3時間です。今日のコースは左回りです。

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▲無料の観光駐車場に停めた。

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▲竹中半兵衛の陣屋跡及び櫓門の説明

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▲櫓門の先は岩手幼稚園でした。

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▲岩手小学校から菩提山城跡が見えます。

記念館の奥のトイレを借りる。そこからの景色です。

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▲大手道入口 山頂まで1950m

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▲伊吹山は雪が少ない

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▲白山神社

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▲菩提寺

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▲菩提入口にある駐車場の看板。5台ぐらい停めれる駐車場があります。

登山だけなら、ここからスタートが一番近いです。山頂まで1350m

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▲東海道本線下りです。関ヶ原~大垣間は、上りと下りで路線が違うのを知った。

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▲記念館は無料開放でした。

駐車場に戻り、明神湖に行った。

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昼食は羽島に戻り、「かつや」で食べた。

今日の菩提山と明神湖は安藤さんが教えてくれました。

まだ知らない良い山が近くにありました。

 

今、中国で新型コロナウィルスが問題になっている。

中国政府は1月25日10時30分時点で、新型コロナウィルスによる

肺炎の感染者は1330人、死者41人と発表した。

しかし現場では、9万人の感染者がいるようだと

武漢市の看護師の女性がSNSに投稿している。

25日の春節(旧正月)に合わせた連休に多くの中国人が海外に旅行する。

全世界に広がらないといいが・・・

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2020年1月11日 (土)

志津山(しずさん)732m

1月11日(土曜日)

今日の山は、川原越(かわはらごえ)の南側にある志津山(しずさん)です。

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▲川原越と志津山

駐車場は老人ホームの前にある志津北谷公園です。

道の突き当たりが彼岸花で有名な津屋川です。

 

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▲ここが志津北谷公園の駐車場です。車6台程停めれます。トイレあります

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▲登りは近道を歩いた。老人ホームへ向かい柵を開け入ります

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▲志津北谷を渡ります

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▲東海自然歩道に出ました。ここまで車で来るみたい

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▲道を間違えて谷筋を進んだら、

登山者が下りてきて「この先は行けないと!」教えてくれた

道を修正し東海自然歩道に戻った

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▲階段が多い

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▲川原越です

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▲また階段です

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▲眺望がない志津山

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▲養老の山かと思ったが、鈴鹿の御池岳でした。

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▲川原越えに戻りました。帰りは違う道で下ります。

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▲東屋があります。

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▲ランチは「展望テラス」です。松井さんが付けて名前

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▲このプレートの案内で下ります

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▲途中にあった四等三角点です。 名前は無かった

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▲少し下りた所にプレートがあり、山の名前が分った。御当岳(おべんとうだけ)とは!

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▲落ち葉で滑り歩きにくい

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▲地図に卍が! ここは寺山観音でした

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▲御嶽山・乗鞍岳

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▲ウラジロ

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▲帰りは広い道で戻りました。

 

正月休みで、太った体重、たるんだ筋肉の私にはキツイ山でした。

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2019年12月14日 (土)

中山道 馬籠宿から妻籠宿まで往路は歩き、復路はバス

12月14日(土曜日)

今日の登山でなく、馬籠宿(まごめじゅく)から妻籠宿(つまごじゅく)の中山道歩きです。

今日の一枚は中津川のSNS映え  標高777m地点

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▲松井さんが持ってきた、岐阜新聞2019年4月19日の記事 

これを見て行くことにした。

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▲トイレがあるA-2無料駐車場に停めた。

羽島を7時に出て8時30分に着いた。距離は100km

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▲恵那山

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▲柿を食べている猿

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▲馬籠宿側のラッキーポイント 777m地点

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▲馬籠峠  岐阜と長野の県境

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▲妻籠宿側のラッキーポイント 777m地点

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▲椹(さわら)の大木

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▲男滝・女滝へ

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▲男滝 https://youtu.be/A2VgabKB7WM

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▲女滝

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▲牛頭観音  説明は上を読んでください

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▲河原の大石 何に見えますか? 人の顔?

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▲12時47分のバスに乗ります

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▲今日の昼食は、馬籠宿のまごめやのサービスランチ

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▲今日は寒かったので、みんな温かいそばです。

3時半、羽島に着いたら小雨が降り出した。

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